免疫チェックポイント抗体薬

新たな免疫療法

免疫チェックポイント抗体薬(免疫チェックポイント阻害剤)は、がん細胞に直接作用するのではなく、がん細胞を攻撃するTリンパ球に働きかける免疫療法の薬剤です。
多くの種類のがんで免疫チェックポイント抗体薬の効果が報告されており、今のところ、平均すれば、がん縮小効果は2割程度ですが、中にはがんが完全消失して、何年も経過した例も報告されています。

ただ治験による成果があまりにも画期的で、臨床応用が急ピッチでスタートしたので謎も多く、医師も手探り状態で使っているのが現状です。
皆さまには、免疫療法のこと、そしてこの新しい免疫チェックポイント抗体薬の仕組みや副作用等、正しく理解された上で、納得のいく治療を受けていただきたいと思います。
(詳しくは著書「これで分かる!「がん免疫」の真実」で説明しております)

Tリンパ球に働く「免疫チェックポイント抗体薬」の作用のしくみ

「チェックポイント」とは、「検問所」という意味です。ですから、免疫チェックポイントとは免疫の反応を更に進めるか、止めるかの判断を行う検問所という意味になります。

通常、免疫細胞は生体に対する危険を感知すると活性化されて、生体にとっての危険分子に対する攻撃を開始します。 ところが、免疫細胞の攻撃能があまりに長期に亘って働くと、逆に生体に対するダメージが生じるため、この危険性を排除するために免疫細胞には自発的にその攻撃の手を弱めようとする抑止力も備えています。

従来のがん免疫細胞療法は、免疫細胞(Tリンパ球)の攻撃能を増強することにのみ目標を定めたものでしたが、数年前にブレイクした免疫チェックポイント阻害剤は、この免疫の自己抑制能にスポットを当て、開発されたものです。
この新薬の開発過程で、がん細胞攻撃の主役がTリンパ球であることもはっきりしました。Tリンパ球の攻撃能が抑制されるメカニズムの一例は次のようなことでした。

活性化されたTリンパ球ががん細胞に対する攻撃能を長期にわたって亢進し続けようとする時、樹状細胞(Tリンパ球を刺激する役割を持つ免疫細胞)の表面に出てくるチェックポイント分子(PD-L1)とTリンパ球の表面に出てくるチェックポイント分子(PD-1)は互いに作用しあうことで、Tリンパ球の攻撃を弱める働きをしていたのです。更には、なんと、がん細胞自体もTリンパ球の攻撃力を抑制するチェックポイント分子(PD-L1)を持つことも分かったのでした。
PD-L1はPD-1へ信号を送りTリンパ球を弱体化します。

Tリンパ球の弱体化

この一連の発見がもとになり、がん細胞が免疫からの攻撃を逃れようとするメカニズムを断ち切る手段として開発されたのがPD-1抗体ニボルマブ(オプジーボ)です。
免疫チェックポイントPD-1に蓋をし、PD-L1との接合を遮断してブレーキ信号を通わなくすることで、いったん活動を制止されていたTリンパ球を再び活発にし、がん細胞を攻撃に向かわせようとするのです。

この他にもチェックポイント分子がいくつか明らかになっているので、オプジーボ・キーツルダ・ヤーボイの他に、今後も新たな薬剤が開発されてくると思われます。

免疫チェックポイント抗体薬の効果

免疫チェックポイント抗体は、どんながんでどんな人が効くのか

効果が確認されている様々ながん

2017年秋までに、多くのがん種で免疫チェックポイント抗体の効果が臨床試験で検討されており、程度の差こそあれ、ほとんどのがんで、その有効性が確認されています。

がんが縮小する率は、平均すればまだ2割程度ですが、あらかじめ効く人が予想できれば、分母が小さくなるので奏功率は上がります。

これまでの臨床試験で、がんが縮小する率が高いものには、ホジキンリンパ腫やメルケル細胞がんがあり、中には、9割程度の患者で効果が見られたという報告もあります。その他、腎臓がんや、すでに臨床で使われている悪性黒色腫では4割程度の患者で効果が報告されています。

その他、肺がん、胃がん、肝細胞がん、頭頸部のがん、乳がん、卵巣がん、悪性リンパ腫、などでも比較的効果が高いことが報告されつつあり、約2~3割の患者で効果が出ています。

膵臓がんや胆道がんにおいては、単剤では、これまでのところあまり高い効果は報告されていません。
大腸がんでの効果はせいぜい5%程度以下で、それほど高い効果ではないことが分かっています。しかし、ニボルマブの臨床試験で最初にがんが消えたのは、大腸がんの患者さんでした。今後の報告が待たれるところです。

効果は持続するのか

これまで、世界中では数万人以上の患者さんが免疫チェックポイント抗体による治療を受け、我が国でも2017年秋の時点で、保険医療としてだけでも約3万人超の患者さんが免疫チェックポイント抗体の投与を受けています。

これまでに分かったことは、がんが一定割合縮小する確率は2~3割程度ということです。
しかし、今やがんの治療効果を語る時、一時的にがんが小さくなったかどうかよりも、がんの進行を抑えられた期間が評価される時代です。

薬を止めた場合、いつまで効果が維持できるかは今後の報告を待たねばなりませんが、これまでの報告によると、少なくとも抗がん剤と比較して、免疫抗体薬が効いた例では、効果が長く持続することだけは事実のようです。

免疫チェックポイント抗体薬のリスクについて

副作用はあるのか

免疫反応にもその正と負の両面があり、免疫のシステムを利用した抗体薬である免疫チェックポイント抗体にも当然ながらそれが当てはまります。
免疫抗体薬の負の側面、それは、過剰な自己免疫反応による副作用です。

本来なら、自分の正常細胞を攻撃するような危険なTリンパ球は、胸腺で除かれているので、体の中にはいないはずなのですが、実は、体の中の約10%のTリンパ球は、弱いながらも自己タンパクに反応するTリンパ球だと言われています。

つまり、間違って自己の細胞を攻撃しかねないTリンパ球が存在するわけです。

通常は、制御性T細胞や免疫チェックポイント機構により、そのような危険なTリンパ球が働くのは抑えられています。

免疫チェックポイント抗体の副作用

自己反応性Tリンパ球の中には、正常な肺の細胞、大腸の粘膜の細胞、筋肉の細胞、甲状腺の細胞、肝臓の細胞、インスリンを作る膵臓のランゲルハンス島の細胞、などのタンパク質に反応するTリンパ球が存在するかもしれません。

その状況下で免疫チェックポイント抗体を使用すれば、攻撃にブレーキのかかる作用が取り払われた状態になり、Tリンパ球が暴走する結果、重篤な自己免疫疾患を引き起こす可能性があります。

つまり、間質性肺炎、腸炎、筋炎、甲状腺機能低下症・亢進症、肝炎、糖尿病などが発症する危険を内包しているのです。対応が遅れた場合、生命の危険にまで至ることになります。
特に、間質性肺炎や重症筋無力症、重症糖尿病などは重篤化しやすく、長い入院生活を余儀なくされます。

これまでの報告によると、PD-1抗体を投与された方で、重篤な自己免疫の副作用が出た割合は1割近くあります。PD-1抗体とCTLA-4抗体を併用すれば、副作用のリスクは格段に上がり、実に5割の方に何らかの自己免疫が発生することが報告されています。

現段階では残念ながら自己免疫の副作用が出るかどうかの予測ができません。
すでに何らかの自己免疫疾患がある方は、免疫チェックポイント抗体の使用で、さらに自己免疫病が悪化するリスクが高まると言えるでしょう。

保険外使用でのリスク

2017年秋の時点で、免疫チェックポイント抗体が保険適応になったがん種は悪性黒色腫と非小細胞肺がん、腎細胞がん、頭頸部がん、胃がんです。
今後、他のがん種にも徐々に保険適応が拡大されてくるはずですが、現在適応されてないがん種の場合、上述のような副作用が生じた場合のリスクが高くなります。

我が国では、保険薬としてがん拠点病院で投与を受けた場合、その副作用が発生した際にも、投与した病院が対応してくれますし、その副作用に対する治療費にも保険が適応されます。
保険適応になっていない場合、自由診療のクリニックで使用したり、患者申し出医療としてがん拠点病院で行うことも可能ですが、自由診療クリニックで使用する時には、ひどい副作用が出た場合にも処方したクリニックまたは連携医療機関で副作用に対する緊急対応ができるかどうかを確認しておかなければなりません。

例えば、まだ保険適応となっていないがんで免疫チェックポイント抗体の投与を受けたとしましょう。投与は当然、保険外の自由診療クリニックでしか受けられませんが、もし重症の自己免疫の副作用が発生してしまった場合はどうでしょうか?
投与した自由診療クリニックが副作用についても十分対応してくれればいいのですが、入院施設も持たず、緊急事態にも対応できなければ、重大な自己免疫の副作用が発生した場合、命に関わることもあり得ます。

したがって、自由診療で免疫チェックポイント抗体の投与を受ける場合には、緊急事態にも対応できる入院施設を持っているか、少なくともそういう施設と密接な医療連携ができるかどうかが重要なカギになることを知っておくべきでしょう。 緊急事態に対応できない場合は、自由診療で行うべきではありません。

当院での免疫チェックポイント抗体薬の使用について

わが国ではOPDIVOが2017年10月段階で5種のがん以外で保険適用が認められていますが、承認された5種に限らず、欧米での臨床試験で有効と認められているがんに対し、使用することは可能です。
但し10~15%で出現する自己免疫疾患が懸念されるため、使用するには慎重な配慮を要し、24時間体制で救急対応の可能な医療機関の協力体制が得られる場合に限られます。

現在個人輸入で使用が可能なものにPD-1抗体薬であるKEYTRUDAやOPDIVO、CTLA-4抗体薬であるYERVOY、PD-L1抗体薬であるTECENTRIQなどがあります。